* 公明党の岡本三成代表は朝鮮からの帰化人であることをカミングアウトし、日本が大好きと述べたそうである。近頃の政界では帰化人の帰化歴に注目が集まるようになっているので岡本氏は先んじてカミングアウトしたのかも知れない。創価大学を卒業し、大学入学時に帰化したそうであるからバリバリの創価学会員とみなせる。蓮舫議員は嫌だったが日本で暮らすには日本国籍を取得した方が便利だからと述べたと週刊誌の記事に出ていたから、岡本氏の場合も日本が大好きと言っただけでは政治家のリップサービスかもしれない。憲法には日本人としての義務が随所に書かれているから、帰化にあたっては法律の文言になくても日本国に忠誠心があることが当然に求められる。現在、政界では日本国籍人の日本への帰属意識が問題視されている。民族帰属意識を他国に置きながら「日本人として恥ずかしい」などと述べ、日本国籍人として民族帰属意識を置く他国に奉仕するように見える者がしばしば見受けられる。岡本氏の場合、民族帰属意識が問題である。とりあえずは韓国の竹島侵略併合について如何考えているか注目である。
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最近、YouTube 動画やSNSで日米合同会議や所謂「サンフランシスコ平和条約」などについての意見を散見するが、当方が理解している事と少し違う点が幾つかあり、しかもそれが国際社会への発信となると国益に影響を与えかねないので簡単に述べてみたい。 日本は未だ米国の占領が続いているという意見は正しいが、その証拠として日米合同委員会が挙げられてしばしば引用されるのがウィキペディア(Wikipedia)の記事。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%B1%B3%E5%90%88%E5%90%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
この記事では日米合同員会が何時開催されるようになったかは書いてない。
時期については外務省の公式サイトで『日本の領土をめぐる情勢』→『「李承晩ライン」の設定と韓国による竹島の不法占拠』の中で記述がある。 《 2. 1953(昭和28)年3月,『日米合同委員会』で竹島の在日米軍の爆撃訓練区域からの解除が決定されました。~ 》 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/g_senkyo.html
1953年と言えば『日本国との平和条約』及び『日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約』の発効した1952年4月28日の翌年。その年に『日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約』が同時に発効している。この辺りは出来るだけ正確に押さえておきたい。
【 国立公文書館 / 簿冊番号:類03637 】: 昭和27年(1952)4月サンフランシスコ平和条約が発効し、独立を回復する https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/s27_1952_01.html
上記記述は「独立を回復する」となっているが、主権国家となった事とはどう違うのか解り難い。この表現は誤解を招く可能性が極めて大である。訂正を希望する。
ところで「サンフランシスコ平和条約」であるが、このタイトル名は外務省の公式サイトでも使われているが、正しくは「日本国との平和条約」。「日本国と米国合衆国との平和条約」ではなく「日本国との平和条約」。 このタイトル名の意味は(占領者が)占領地の住民代表と結んだ条約という意味である。
大日本帝国は米国と大東亜戦争を行い、連合諸国の停戦呼び掛けであるポツダム宣言、カイロ宣言を受諾して停戦に合意した。宣言は条約と違い双方の合意の上での約束事ではなく、一方的な意思表示である。中国政府は宣言と条約の違いを理解していないために頓珍漢な主張を世界に向けて公言している。 台湾は中華の領土だと一方的に宣言するカイロ宣言が有効で、(いわゆる)サンフランシスコ平和条約は不当であり、無効であると報道官が記者会見の場で述べ、つまり日本が台湾の施政権を放棄したという「日本国との平和条約」が無効だと認めてしまっている。つまり日本は台湾の施政権も放棄していないと公式に認めてしまっている事になる。中国政府はいわゆる”サンフランシスコ平和条約”では日本は台湾の施政権を放棄しているだけであることを中国政府は理解できていないようだ。
大日本帝国は連合諸国と交渉を行い米国の進駐を受け入れて、GHQが一時期、日本を支配することとなった。
米軍の駐留を受け入れた日本人は日本列島の主要部分だけの住民が代表を選んで、占領下の「民政府」である「日本国政府」を設立。沖縄は沖縄住民の代表による「琉球民政府」が1972年の「本土復帰」まで内政を司った。
占領下の民政府である「日本国政府」は帝国議事堂を使用して占領下の「基本法」である「日本国憲法」を成立させた。
基本法、現「日本国憲法」作成にあたっては日本の一部である沖縄、奄美、小笠原、樺太などの議員は参加せず、大日本帝国憲法改正の要件は満たされていないので憲法が改正されたという主張には無理がある。
更に天皇主権の大日本帝国憲法が国民主権の占領「基本法」に変わったので、改憲が行われたと主張するなら主権者が交代したという事になり革命が起きたことになるが、停戦呼び掛けを受け入れの玉音放送の8月15日をもって大日本帝国が日本国に変わったという主張は日本に革命が起きたと主張することになるが、そんな事実は無く大日本帝国憲法がGHQによって新憲法に改正させられたというのは無理である。
米国の日本占領が解除されれば凍結されていた大日本帝国政府と大日本帝国憲法は凍結解除となり自動的に復活し、理論的には「日本国憲法」は消滅するはず。同じく未だ連合諸国の占領下のドイツでは占領が解除された暁にはワイマール憲法が自動的に復活すると小学校で教えているそうだ。帰化して日本国籍を取得している日本国籍人や日本の外務省はこういう事実を国民に教えたがらない。
「日本国との平和条約」ではカギは1条(b)と2条(a~f)にあると私は考える。 「日本国との平和条約」通称名”サンフランシスコ平和条約” http://www.chukai.ne.jp/~masago/sanfran.html http://www.chukai.ne.jp/~masago/ https://www.chukai.co.jp/ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 第一条 (b) The Allied Powers recognize the full sovereignty of the Japanese people over […]
