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「ノブレス・オブリージュ」と日本の再軍備

30年以上前だったと思うが簗瀬 進氏が自民党の衆議院議員だった時に彼の朝食勉強会という集まりに呼ばれ、英国の貴族とノブレス・オブリージュについての話を聞かせてもらった。

勉強会の席では「クオヴァディスジャパン―日本よどこへ行く」と言う著書もいただいた。

https://books.rakuten.co.jp/rb/608972/?l-id=search-c-item-text-04

講話の詳しい事、細かい事は忘れたが、要はこの言葉はフランスの有名な作家バルザックが「谷間の百合」の中でフランソワ=ガストン・ド・レビという貴族の言葉を引用した言葉であり、その後に英国の貴族達の間で広まった言葉。それは貴族が持つべき精神とのことで、簗瀬 進氏はその精神が英国の政治家にあると言うような話だったと記憶している。であれば英国に文化的淵源をもつ米国の政治にも息づいていると考えるべきではないだろうか。

以来、ノブレス・オブリージュと言う言葉は私の頭にこびりついている。 —————————————————————————————————————————————————- ノブレス・オブリージュ

https://www.shane.co.jp/column/detail/id=32496

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5 —————————————————————————————————————————————————-

話は飛んで1990年代、日本は米国から激しい経済攻撃を受けた。日本企業は倒産の嵐に見舞われ、当時日本で言われた事は第二の敗戦だと言う事。何しろ日本政府は米国政府から滅茶苦茶な経済政策を強要され、日本の大企業が金融会社を中心に次々と倒産に追い込まれ、格安で買い叩かれた。山一證券も拓銀も債務超過はしていないのに日本政府によって無理やり倒産させられた。そして無償に近い投資額で買収された。新規に金融業を開業するなら本店、支店を不動産の用意をして開設し、営業マンを養成し、顧客を獲得し、採算に乗るまでには莫大な投資が必要だが、タダみたいな投資で買収して営業をそのまま引き継ぐならこんな楽な商売はない。優秀じゃないどころか馬鹿でもできる。日本企業は死屍累々だった。

こんな話をするとエビデンスは?なんて物言いが聞こえてきそうだ。しかし内部情報として聞こえてくる話を経済政策や企業経営の常識に照らし合わせれば、まず間違いないと判断せざるを得ない話が沢山あった。

一体何故こんな事態が起きたのか?

話を更に遡ると1970年代は日本経済は高度成長で国民所得は急増し、貿易収支も赤字から黒字に転換し始めた。そして日本の最大の貿易相手の米国はベトナム戦争終結頃から貿易黒字が減少し始め、1980年少し前辺り頃から赤字になっていった。それでレーガン政権時代に対ドイツと共に、中曽根内閣の日本にも貿易黒字削減=内需拡大を迫った。経済学的視点から当然の要求である。

ところが中曽根首相は内需拡大をしようとしたように見えたが、日銀の対応は如何みても内需拡大はやる気ゼロだった。日銀の言い分は日銀は物価の安定が最大の目標。しかし日銀の考える物価の安定はゼロ以下物価上昇という考えのようだった。この話を当時知り合いだったフランス人の企業経営者に話すと、欧米では物価の安定とは言っても2~3%の物価上昇は常識ですよ!と目を丸くしていた。明らかに当時の日銀のスタンスは変だった。

「日銀の独立性」は国際経済社会の金科玉条で政府は日銀に口出しできない。口出しすれば野党がここぞとばかりに政権批判をする。大蔵省が財政政策で頑張っても日銀が金融政策で経済成長の芽を摘む。その繰り返し。なぜ日銀はそうだったのか?は仮説を想像するのは簡単。だけど説明しだすと話が膨大になるからやめておく。

経済を成長させない日本に業を煮やした欧米は1985年にプラザ合意を仕掛けた。そして超円高。輸入品は値下がりして輸入品の消費は増え、輸出は輸出価格が上がって厳しいはず。これで日本経済は内需拡大に向かうと思われた。

ところが日本企業は頑張り、コストダウンを更に徹底して輸出は減るどころか増えてしまった。輸入品も日本製との競争に勝てなかった。結局貿易黒字は相変わらず継続。

更に当時は世界が東京、ロンドン、ニューヨークの三極構造で東京の金融が一日中動く事が可能となり、東京は眠らない都市となった。一日8時間の利用が24時間の利用となると言う理屈で収益還元価値が3倍になる、東京の地価が3倍となる。そして東京の地価上昇は周辺からそして全国に広まる。日本全土の土地価格の総額が米国全土のそれよりも高いと言う有り得ないことまで起きた。

そのとき日本政府は地価急上昇をなぜか放置。日本の金融は土地本位制。土地保有者は保有しているだけで固定資産税が上がり始める。そこで土地保有者は借り入れして建物を建てて貸すことで税金が安くなるので、土地保有者はこぞってビルを建てた。そして銀行も不動産所有者達に手当たり次第ビル建築を持ちかけた。

銀行は「金」ではなく土地担保でカネを貸すから、市中のマネーサプライ(当時の語)が急増。ところが突如、日本政府は極端な地価抑制政策で、日銀は金融引き締め。土地担保で借りてた企業、個人は担保力が無くなり、銀行は大蔵省の指導と言う形で銀行からの強引な貸し剥がし。それが日本流の「不良債権処理」。日銀もマネーサプライの急激な縮小。

テレビは電波芸者の司会者達が「不良債権処理」の必要性を大声で叫び、政府の政策で苦境に陥った企業の経営者をぼろくそに貶す。新聞も同罪。この場合の「不良債権処理」というのは米国や中国が実施する「不良債権処理」とは真逆。正しい「不良債権処理」は、銀行借り入れの担保の土地や証券の価格が下がれば政府や中央銀行が買い取って価格を下支えする。それこそが正しい「不良債権処理」。まともな経済学者の森永卓郎氏が出演したテレビで資産価格を維持する為に政府が購入するように提言すると、後ろの高いひな壇に座る素人経済ヒョーロンカが森永氏を背後から怒鳴りつける。経済学が分からない視聴者は、学生が先生から頭ごなしに怒られている印象を与える場面であった。

日本のテレビ、新聞が盛んに主張していた「不良債権処理」は政府が買うどころか下がった地価や株などの証券を売却させて価格をもっと下げさせるが、そんな事すれば貸借対照表の資産の部が減少し、相手側の(自己)資本の部は必然的に減少する。すると企業価値が下がったと囃し立て、政府は土地や株の一層の売却を迫り、それら価格が一層下がる。テレビで「不良債権処理」を大声で主張し、経営効率の悪い会社は市場から退出していただくと言っていた司会者や評論家達は自分が何を言ってるのか解っていたのだろうか?それも国民の財産である放送電波で。いずれにしても大変な罪を作っていた事は指摘しておかなければならない。当時テレビで大活躍していた有名ヒョーロンカの1人が竹中平蔵氏だった。

この時代を経験した「保守」達は米国への不信感が確りと根を張った。経済音痴に見える日本の保守には日本政府の政策も悪いという発想はなく、正しい日本に対し、禿鷹金融屋に操られる米国政府が悪いと言う発想が支配的だった。そして今も保守の多数派はそう思っているように感じる。このトラウマは根深い。

そこで、米国が日本政府に要求する再軍備に対して疑いの目を持つ者が多い。米国のジャパンハンドラー達が日本政府に間違った政策を強要し、再軍備をさせて日本人を戦場に送り込んで利用しようとしているという発想である。アーミテージやジョセフ・ナイという人物についてのそういう説はよく耳にする。

しかし、そうだろうか? 私はアーミテージ氏やジョセフ・ナイ氏などに会った事はないが、日本は飛行機の客席ではなくコクピットに入って来てくれと言うのは日本を利用しようと言うのではなく、日本も世界に大きな影響力を持つようになったのだから米国と一緒に世界を指導して欲しいと本気で言ってるように思う。これは1960年代前半のケネディ大統領時代からの米国の発想のように感じる。

そして米国の思いを理解しない日本という関係が続いているように思える。勿論何処の国にも派閥や集団が幾つもあり様々な個性がある。しかし戦後、米国からの日本の再軍備提案を断ったのは吉田首相である。そこに感じるのは日本人の心に内在する寄らば大樹の陰、大衆は政治に口出しせず、自分の仕事に精を出せという発想。徳川時代に士農工商制度があり、幕府はあの時代では世界的に見て実に巧く政をやっていたとは思う。そして明治新政府になってもその意識は継続していて、官僚は相変わらず「由らしむべし知らしむべからず」でやってきたところがある。私は徳川幕府以来の官僚中心の制度は全体として非常に巧く機能してきたと考えるが、民衆に政治的自立心が足り無くさせる事は認めざるを得ない。しかしそれは改善するに革命を起こすほど難しい事ではなくオピニオンリーダーが自覚する事で国民的意識を変える事は可能だと思う。

米国のいわゆるジャパンハンドラー達の再軍備に対する要望をノブレス・オブリージュの発想から見直してみると違った見方が出てくるのではないだろうか。私はジャパンハンドラー達についての陰謀論には与しない。

誇り高く高貴な日本人は国際社会での振る舞いで主体的に世界に貢献する覚悟が必要ではないだろうか。

小泉純一郎は「日本はアジアの片隅で貧しく、小さく、ひっそり生きるべきだ」と自民党内で言い続けたそうだが、そうではなくて日本が国際社会で主体的に貢献する姿勢を持てば自主防衛は一番最初の改革であるはずである。そもそも米国も連邦予算の赤字に耐え切れずにやがてアジアからの撤退だって無いとは言えない状況下では日本には自主防衛は焦眉の急であろう。

日本が自主防衛をせずに防衛を米国に頼る姿勢は中国、南北朝鮮、そして在日特亜人には好都合。日本の主権完全回復がなければ米国にコソコソ告げ口をして米国からの命令で日本から資金と技術を無償、或いは格安で提供させる戦略を継続できると考えている。更に共産主義者も反共勢力を潰す為には日本の弱体化は望むところ。

ただ、流石に米国の裏支配者達も支那人、朝鮮人の腹黒さには嫌気が差し始めたように見える。

私は欧米人ではないので欧米人の心情は充分には理解出来ていないと思うが、英米の国家戦略を読み取る場合にはノブレス・オブリージュが鍵となるように思う。

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